父にも、推しがいた。―「この子」って呼ぶんだ―

テレビを見る父娘の後ろ姿

両親のサポートのために、数日間、実家に泊まっていた時のことです。

その間に、美空ひばりさんのご命日がありました。

BSでは美空ひばりさんの特集が放送されていて、ラスト公演となった東京ドームコンサートの映像が流れていました。

私にとって美空ひばりさんといえば、「昭和の大スター」というくらいの認識。

改めて歌をじっくり聴くことは、あまりありませんでした。

その日、いつもなら夜9時前には寝室へ行く父が、なかなか席を立ちません。

「今日は用事がある」

そう言って、テレビの前に座ったまま。

その“用事”が、この特集番組を見ることだったんです。

画面を見つめながら、父が言いました。

「この頃、東京に住んでたら絶対に見に行ってたな」

えっ、そんなに?

思わず聞き返すと、父は少し笑いながら言いました。

「そりゃそうさ。若い頃、この子にいくら注ぎ込んだと思ってるんだ」

……この子(笑)。

美空ひばりさんを、
「この子」って呼ぶんだ。

その一言だけで、父がどれだけ夢中だったのか伝わってきました。

そうか。

父にも、推しがいたんだ。

そんな当たり前のことを、その日まで考えたこともありませんでした。

若い頃の父にも、胸を躍らせて会いに行きたいと思う人がいて。

お金を貯めて、歌を聴いて、元気をもらっていた時代があった。

今では「推し活」という言葉もすっかり身近になりましたが、それを父の若い頃と重ねて考えたことはありませんでした。

時代は違っても、誰かを好きになって、応援したくなる気持ちは、案外変わらないのかもしれません。

そのあと、父と一緒に美空ひばりさんの歌をゆっくり聴きました。

歌が上手い、というだけではなく、なぜこれほど長く愛されてきた人なのか。

その理由が、ほんの少し分かった気がしました。

若い頃には分からなかったものが、
今になって、ふっと心に入ってくることがあります。

そして、ずっと知っているつもりだった父にも、
私の知らない時間がちゃんとあった。

美空ひばりさんを見ながら、

「この子」

と言う父の隣で、

こんな夜も、悪くないな。

そう思いました。

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